
ウルトラ後半で失速しにくい人が実践している前半の補給の秘密
こんにちは。
ランニングショップHolosの小谷です。
ウルトラマラソンの後半で
「急に脚が重くなり、バネのない走りになってしまった」
「ペースが落ちてから全然距離が進まなくなって途方に暮れてしまった」
という経験をしたことはありませんか?
ペースがガクッと落ちてから残り距離を計算し始めたときのウルトラは本当に過酷ですよね。
そういう過酷さを諦めずに乗り越えるからこそ感動もひとしおであることは間違いないと思います。
ただ、普通なら過酷なはずのレースをそこまで苦しまずに上手に攻略したときの達成感・満足感というのも私は大好きです。
今回はそんな後者の走りも経験したいという方のために、失速を抑えるウルトラの補給について考えていきたいと思います。
エネルギー補給の最大の違いはレース前半にあった
ウルトラマラソンの補給はまだ研究が進んでおらず、科学的に未解明なところがたくさんあります。
しかし、少しずつではありますが参考になりそうな研究も登場してきています。
以前にも紹介したことがありますが『A comparative observational study of carbohydrate intake and continuous blood glucose levels in relation to performance in ultramarathon』はその1つです。
この研究は2021年のLAKE BIWA100という累積標高10500mの100マイルトレイル(制限時間52時間)の参加者を対象に行われました。
参加者を
- タイムが速かったグループ(7名)
- タイムが遅かったグループ(9名)
- リタイア者(6名)
にわけ、各グループの人たちがどのような補給をしたのか、レース中に血糖値がどのように変動したのかを分析しました。
その結果、
- 速い人たちは糖質の摂取量が多い(特にレース前半)
- 速い人たちは血糖値が安定している
ということが分かりました。
記録上位者は前半から積極的に食べる
レース全体での糖質摂取量(1時間・体重1kgあたり)は
速いグループは0.58(g/kg/hr)
遅いグループは0.39(g/kg/hr)
と速いグループは遅いグループの約1.5倍の糖質を補給していました。
下の図は糖質摂取量の推移を表したものです。
(縦軸:糖質摂取量、横軸:距離)
丸が速いグループ、三角が遅いグループです。
前半は速いグループの方が高く、後半はどちらもあまり違いが無いことに注目してください。
つまり、速い人たちはレース序盤でまだ空腹感も疲労感も少ないときから、後半のために食べてエネルギー的な貯金を作っているということです。
後半に食欲が落ちたり、胃腸障害に悩まされるのは速い人たちも遅い人たちも同じです。
元気で脚が動くときはエイドで時間をかけてしっかり食べるのはじれったく感じるかもしれませんが「元気なうちにしっかり食べておく」という意識は大切だと私も感じています。
*単位に「1時間あたり」という要素があるので、速いグループ(=競技時間が短い)と遅いグループの数値を単純比較することはできませんが、それを考慮しても、速いグループは前半から積極的に補給して、レーストータルとしても補給量がやや多いようでした
ただし、「スタートしてから」食べること
「前半の補給をしっかりするのがポイント」と聞くと「それならスタート前から食べておけば良いのでは?」と考える方もいらっしゃると思います。
この「スタート前(当日の朝食やレース直前)から食べ貯めておく」という戦略は個人的にはあまり良くないと私は考えています。
根拠はいくつかありますが、例えばスタート直前の糖質摂取は一時的なインスリン反応を誘発し、結果的に血糖が急激に下がってしまうリスクもあるためです。
今回は詳細は割愛しますが、その考えの背景はこちらのブログにまとめていますので、興味のある方はご参照ください。
『大会スタート前にあえて糖質を摂らない理由』
とにかく、「スタート前から」ではなく「スタートしてから」食べることが大切だと思います。(スタートして30分後くらいが最初の補給の目安かと)
記録上位者は血糖値が安定している
データでは速いグループの方が遅いグループより血糖値が安定している(血糖値の最低値がそこまで低くない&最高と最低の差が小さい)こともわかりました。
私はこれまで「定量的に十分な量の糖質を補給しましょう」とボリューム確保の視点で皆さんにご案内することが多かったのですが、それに加えて「血糖値の安定」という視点も今後は意識していただきたいと思います。
では、運動中に血糖値を安定させるためにはどうしたら良いのか?
現在のスポーツ科学で支持されていることとしては
-
適切な頻度で十分な量の糖質補給をする:
血糖の調整に関与する肝臓のグリコーゲンを枯渇させないため。補給量が少なすぎたり、量は十分でも2時間ごとにまとめて食べるなどでは安定しにくい -
運動を開始してから予防的に早めに補給をする:
血糖が下がり始めてからの補給では回復に時間がかかるため。「低血糖になってから補給」では遅く「低血糖にならないように補給」が理想 -
糖質の種類にバリエーションをもたせる:
1種類の糖質(例えばブドウ糖だけ)だけでなく様々な種類の糖質を組み合わせた補給の方が血糖値の安定には効果的な可能性があると一部の研究では考えられています。
以下の表は糖質の種類と特徴です。
糖質の種類 | GI値 | 吸収速度 | 主な特徴 |
---|---|---|---|
グルコース | 高 | 速い | 血糖値を急上昇させる。即効性があるが、急降下リスクあり |
マルトデキストリン | 高~中 | 速い | グルコースが連結した構造で、すばやく吸収されやすい |
フルクトース | 中~低 | やや遅い | 肝臓で代謝。血糖値への直接的影響は少ない |
パラチノース | 低 | 遅い | 安定した血糖上昇をもたらす。長時間エネルギー供給に貢献 |
自然食(例:米、もち) | 中~低 | 遅い | 固形物は胃排出が遅く、持続的な供給が可能 |
糖質の種類によって、消化・吸収の速度や代謝経路が異なります。
よって、複数の糖質が組み合わさることで糖質の供給が安定化します。
ホルモンの調整による血糖値の乱高下も生じにくくなる可能性があります。
実際の現場では「1種類のジェルだけ」でトラブルなく良い記録を出せる選手もいるため個人差はあります。
ただ、「今の補給で上手くいっていないかも」と感じる方は補給する糖質の種類を変えてみる(バラつかせる)というのは改善のヒントになると思います。
例)
エイドの食品を活用して「ジェル→果物→おにぎり」をサイクルするように食べるなど
私がレース中に補給しているもの
私はここ数年100kmには出場していないのですが、70kmと24時間走には何度か出場しています。
70kmは5時間ほどで走り終えますが、ペースが速いので固形物をゆっくり咀嚼して食べることはあまりしていません。
給水のスポーツドリンクに含まれる糖質+エネルギージェル(5~6本)で糖質補給は足りている印象です。
一方で24時間走ともなると
- ドリンク(スポドリ、果物ジュース、ココア、炭酸飲料、プロテイン)
- 食事(ジェル、ごはん、果物、ようかん、団子)
とバリエーションが増えます。
ペース的な余裕があることと、補給に気分転換的な要素も入ってくることは70~100kmレースとの違いだと感じています。
(写真:2024年 宮古島24時間走の荷物。ジュースでの糖質補給は定番。この時は気分転換にポテチやバナナチップも用意。ポテチはPBを出した台湾でも気分転換に使いました。)
必要な糖質の補給量は走力によって変わる
「糖質補給の量」と「血糖値」という2つの視点が大事とこれまで話してきましたが、これに関連する興味深い事例を1つご紹介します。
『Continuous glucose monitoring during a 100-km race: a case study in an elite ultramarathon runner』
この研究では2人の経験豊富なウルトラマラソンランナーを対象に100kmレース中の血糖値を継続的にモニタリングし、ペース変化との関係を調査しました。
結果は以下のようにまとめられています。
ランナーA:
タイム:6時間51分17秒
レース中の平均相対強度:LTの89.9% ± 5.8%
糖質摂取量:249g
血糖値はレースを通じて安定していた
ランナーB:
タイム:8時間56分04秒
レース中の平均相対強度:LTの78.4% ± 8.6%
糖質摂取量:366g
80km以降で血糖値が急激に低下し、低血糖状態となった(失速もした)
私はこのデータを見て、Aさんのように6時間台で走るレベルのランナーなら、250gと少ない糖質でもLTの90%という高い運動強度で低血糖を起こさずに走り切れてしまうことに驚きました。
*ただしこれは、日常のトレーニングや食事管理、脂質代謝能力の高さなど、個人要因の影響も考えられる点には留意が必要です
*ちなみにBさんの366gも私がお客様に推奨している量と比べると少ないです。Bさんの場合、補給量をもっと増やすことで血糖値の低下を防ぐことができるのかなと感じました
また、両者の比較から走力によって必要な糖質補給の量に大きな差がありそうだということも分かります。
他者の補給を参考にして学ぶという方は多いと思います。
その際に「自分とその人は走力にどれくらいの違いがあるのか?」はきちんと考慮する必要がありそうですね。
まとめ
情報量が多くなりましたので、実践面でのポイントをまとめておきましょう。
- レース前半で空腹感が無いときから計画的に多めに食べる
- スタート前からの食べ貯めは小谷的には非推奨。スタートから30分くらいから食べ始める。
- こまめに補給する(15~25分 間隔くらい)
- 摂取する糖質の種類をバラつかせるのが役立つ可能性
- 概して走力の高いランナーほど少ない補給で走り切れる(他者から学ぶときは考慮する)
また、「食べるのが大事」と頭では分かっていても、実際には胃腸が疲れて食べ続けられないということは先述のLAKE BIWA100のグラフからも分かります。
この問題を解決するために私は胃腸コンディショニングサプリとしてCatalyst Athlete Enzyme(CAE)を開発しました。
CAEを使うことで今までよりも食べられるようになり、ウルトラの後半が楽になったという声をたくさんお寄せいただいています。
まだ試したことのない方は、ぜひ
- レースのスタート前(あるいは当日の朝食前)に4粒
- スタートしてから4時間ごとに4粒
を飲むことから始めてみてください。
消化吸収にかかっていたストレスが軽減され、後半の失速も抑えられるようになれば、ウルトラはもっと楽しく走れるはずですよ!